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by accomarie
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実録・連合赤軍あさま山荘への道程 JitsurokuI Rengo Sekigun

Dimanche 18 mai 2008

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Aujourd'hui, j'ai regardé "Jitsuroku Rengo Sekigun",de Koji Wakamatsu.
C'était très intéressant.

若松監督渾身の力作。同じ連合赤軍の事件でも、権力側から描き単なるアクション映画に堕とした駄作「突入せよ」、劇中劇という形をとることでオブラートにつつみ、奥歯にものが挟まったかのような「光の雨」にくらべ、この映画は煮えたぎるようなエネルギーであまりにもこの事件を真っ正面に真面目に描いている問題作だ。いっときも目が離せない、常に緊張感のゆるまない190分だった。

おおまかに三部構成で、まずは当時のニュース映像を中心に60年代の闘争史をまとめ、山岳ベースでの同志粛正に至る人間模様を描き、最後はあさま山荘の銃撃戦へとつなげた。

いわゆる「本編」に入る前に、丁寧に60年代の総括をするという構成・・・以前にもどこかでこういう構成をみたことがあるなと思ってよく思い出してみたら、それは山崎哲率いる新転位・21の「砂の女」であった。この公演も非常に良質だったが、やはり連合赤軍をモチーフとした芝居で、冒頭部分で、劇場壁面にニュース映像などを映写して、過熱した政治の季節について説いたのだった。連合赤軍事件は、これだけを取り出しては語れないということか、これは闘争の季節を知らずに生まれた世代へのレクチャーか? しかしそれにしてもなんとエネルギッシュな時代だったことか。全編を通して、この冒頭のニュース映像が最もエネルギ−を感じさせた。やはり本物の迫力。つくづく凄い時代だったのだと思う。

とはいえ、役者は大熱演で大迫力であった。平成の役者たちとは思えないほどのほとばしる熱量。素晴らしいキャスティング。特に、永田洋子役の並木愛枝の怪演は忘れられない。彼女の視線、表情、発声、非情な微笑み。非常にリアリティがあった。実際、こんなふうに君臨し、こんなふうに命令していったに違いない。
坂井真紀は昭和というよりは平成の人間を感じさせ、重信房子の親友なのにこんなにも軟派だったのだろうか?なんて思いもしたけれど、それがゆえにどんどん集団の中で浮いていく様子が腑に落ちた。平成の平和ぼけした私たちが作品に入り込むための描かれ方なのかもしれない。

1972年を知る人はみな「あさま山荘銃撃戦のテレビ中継」の強烈な印象を語る。相当な衝撃を与えたらしい有名な事件だ。しかし、私は、あさま山荘よりも山岳ベースでの同志粛正事件に関心がある。

当時まだ生まれてもいない小娘に何がわかると言われるんじゃないかと、あまりに人には言わないのだがこの究極の集団状況は非常に私をひきつけてやまない。

あさま山荘はともかくとして(山岳ベースで追いつめられなければ起きなかった事件かもしれないが)、山岳ベースでの壮絶な私刑は起きないで欲しかった。なぜ世界を変革しようと外に向かっていた矢が同志に向かってしまったのか? 粛正はシンパシーを得られない。このようなことがなければ、闘争のエネルギーは現代までもう少しくらい引き継がれたのではないだろうか? そう思うと残念でならない。

以前読みあさった当事者の手記にあった壮絶な集団の状況をほぼ忠実に再現していたと思う。私自身が文章を読んで想像した風景と映像があまりにも酷似していて驚いた。

反権力を唱える集団なのに、その内部に権力者が生まれてしまう。大いなる矛盾。
やはり人間は厳密には平等ではないし、並列ではいられない生き物なのだ。人が複数集まるところには必ず序列が生まれ、いつしか権力者が誕生してしまう。

思想だの理想だの色々頭でっかちになって理論武装しているけれど、結局のところ、権力者、追随者、傍観者、標的が生まれてしまった。彼らは理想に燃え、様々な書物を読み、確固たる思想を持っていたかもしれないが、結局はこの極めて原始的な人間の集団的セオリーを徹底的に遂行してしまった。

山岳ベースで起きた事件のように実際の暴力には至らないけれど、現代の社会でもこういった構図は少なくないと思う。少なくとも私は学校で職場で似たような感覚を味わったことがある。
もし私がこの中にいたとしたら、きっと生き残るだろうと思う。不運にも標的となってしまった仲間をかばうことも権力者に歯向かうことも、追随することもなく、目をそむけ、うまく立ち回り、生を勝ち取ることだろう。情けないけれど私はそういう人間だ。

パンフレットを読むと、加藤少年の「勇気がなかった」のセリフは、当事者や活動家からすると違和感を感じる言葉らしい。しかし私にとっては聞きたかった一言だった。
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by accomarie | 2008-05-18 22:09 | 映画 Le film